フランス革命劇
WORKS EXCERPT
“愛と死の戯れ”1925
それはもう人間ではないのだ。奴隷根性の強い、残忍な野獣の群れだ。卑しい残酷な本能が残らずさらけ出されている。屠殺場の肉!塵埃の中を匍いまわって、血の匂いを嗅ぎ出そうすると卑劣な犬ども!囲いのまん中には、狼とハイエナとがうろつきまわっている。その大きな議場は荒らされた。二百人以上の人間が逃げたり、死んだり、姿を消したりした。右側はまるで砂漠だ。生き残った連中は、自分の席を脱け出して左翼の「山」の頂上まで匍い上がって行った。どこにも安全な場所というものはない。―用心深い連中は絶えずその居どころを変えている。上からか下からか、どこから打撃が来るかも知れないから。そういう連中は自分自身というものの存在を忘れさせるために、どっちにもつかないような顔をすることに努めているのだ。彼らの不安定な目つきは絶えず左右をうかがいながら、羊の群れの戦慄と、狼どものまたたきととに気を配っている。―反り額の下の、眼鏡のからロベスピエールの黄色っぽい目が光っている。うつむき加減な額と、まぶたの赤くなった目とを持っているのはピヨーだ。そうしてのサン・ジェストの青い、氷のような冷たい目つき……彼が演壇に立つ。話そうとする。部屋中がしんとする。彼は頸筋を硬くして、その冷たい目つきを、避けようとして身を屈めている連中の背中の上をすべらせる。彼はそういう人々の数を数える。彼は誰に襲いかかろうとしているのか。彼は落ちつきはらっている。急ぐことはないと思っているのだ。誰もあえて身動き一つするものはない。……六か月前にはまだあの部屋の中で、相反する情熱が大波のように轟いていた。ジロンド党員と山岳党員は互いに攻撃しようと身がまえている二つの軍隊のようだった。そうして互いに言葉と身ぶりとこぶしの武器とで戦っていた。そうしてこの戦いの上には演壇での雷鳴があり、また二千の頭が咆え猛っていた。今はそこは墓場だ。屠殺屋の一人がしゃべるときには、死骸の上を飛ぶ蠅の音が聞こえるのだ。身動きをしないこれらの人間どもは、息を殺して顫えおののきながら何事が起こるかと待っている。いったん獣の囲いの中にはいった者は、自分のやることも自分の身に起きることももうまるでわからない。誰も自分の生命が要求されないと安心していることもできず、また誰の生命を自分が要求しなければならなくなるかということも、誰にも判らない。いちどを踏み越えてしまうと―(ところでそれは踏み越さないわけには行かないのだ。何故かといえば)―それを踏み越えてしまうと、もう誰一人として自分自身ではない。ついさっきまで腕を組み合っていた同僚も友達ももう敵になっている。……あいつは俺のことをなんと思っているんだろう。俺は、俺自身はあいつのことをなんと考えているんだろう、と皆思っている。…誰も彼もが他人にとっては謎だ。……すぐ次の瞬間には恐らく彼は、威嚇的な目をして、口から泡を飛ばしながら立ち上がって、他の猟犬どもといっしょになって気狂いのようにこちらに向かってくるだろう。……それとも、恐らく、こちらのほうが先手をとることになるだろう。……わし自身が、先んじてわしの傍らにいる者の首を要求するのだと感じないではいられないような瞬間が来るのだから……
“ロベスピエール”1939
老婆 しかしわしらが考えるにゃ、いちばん貧乏なものがいちばん権利があるのがよくはないかな。
ロベスピエール(とつぜん感動し、温和になって) お前の言うことはほんとだ、わしもそう思うよ……(感激して)ああ!小母さん、彼ら貧しい人々を基本にして、彼らのために共和国を立てたらどんなにいいだろうな!金持ちどもにとっては、革命が不法なもうけや、買い占めや、詐偽や、略奪の機会にすぎなかったことはよく分かっているだ!革命のほんとうの味方、惜し気もなく革命に身をささげたのは貧乏人や、百姓や、労働者で、成金共の食いものにされてる人たちだということはよく分かってるんだ!彼らをまもろうとわれわれは必死になってるんだ。しかし彼らには分からないのかな、共和国が多くの敵にとりかこまれているかぎりは、まだわれわれは彼らに、貧民たちに、われわれの味方に、いろいろな犠牲を、金持ちたちとの妥協もねがう必要があるのだ。国王たちや彼らの軍隊を防ぐためには、金持ちどもの協力が祖国には必要なのだ。金持ちと貧民の統一戦線をつくることが、いやおうなしに必要なのだ。なぜかというと、今はどちらもが、フランス全体が、われわれがわずかに築くことができたわずかのものが、生きるか死ぬかの瀬戸ぎわなんだから!……もっと先で、祖国が救われたら、革命がふたたび前進をはじめるだろう。これまでも一度ならず勝利をえてきたんだから、また幾度も勝つだろう、もっと大きな、民衆の戦いに。しかし、まず生きなければならないんだ、そして、生きるためには、征服しなければならない。頑ばってくれ!
老婆 わしゃやってもよいわ、わしゃ何もあてにゃしてないからな!わしはがまんするさ……じゃが、他の連中は急いでいるのさ、あんまりいろんな約束をきかされてきたからな!よく言うように「先の約束より今日の一つ……」じゃ。パリのだんな方が鼻先で見せびらかす「約束」ってものは、もうあんまり信用しないからな!「あの人たちは何をしているだろう?」って不審におもうさ…議論して時間をつぶしてるのじゃな。一方が勝とうが、片っ方が負けようが、それがどうしたというのかな、このわしらに?わしらは、いつもかつも負けじゃ。
ロベスピエール お前、そりゃまちがってるよ、小母さん。お前は彼らをみんないっしょくたにするのかね?
老婆 いっしょにまぜるのさ、どれがどうだかわかるもんかい!……以前には、わしらには立派なマラーさんがあったけれど……わしらのロベスピエールもあったけれど……もうだいぶ前から、あの人はわしらのためにゃ何もしないんじゃ。
ロベスピエール しかし数ヶ月前に、容疑者たちから取りあげた財産は貧民に分配するということを彼が約束したということだよ。
老婆 そうじゃったな…いくら約束してもなあ!……何が見られるかいな?
ロベスピエール 多分彼も思うようにはやれないかもしれない……
老婆 多分な……それじゃ、なんじゃないかな、めいめいが自分の畑のめんどうをみて、パリの連中のは、自分で勝手に仕末をつけさせた方が……それがまっとうじゃないかな?……そりゃお前にゃつらそうじゃなあ?
ロベスピエール(悲しげに) そうだ、小母さん、わしのつもりは……わしの思い違いだったが……立派な人間をみんな団結させることができるだろうとおもっていたんだ……
老婆 そりゃできるかも知れんな、もっと先、もっと先で、お前!気を落とすじゃねえ!わしらは生きちゃいないさ、それができるときにゃ。それでもそれができさえすりゃ、わしらがいようがいまいが、そりゃどうでもよいさ!……わしゃたしかにそうおもうよ、お前は自分がいなくなってからでも、それができると知ったら満足するじゃろうと!
ロベスピエール(おどろいて) どうしてお前それがわかるかね、小母さん?じゃわしをしってるかね?
老婆(いたずらっぽく) もしかしたらお前も、そのロベスピエールというのを知ってるのかも知れんの?
(彼らは愛情のこもった了解のある微笑をかわす。下の方から、シモンが呼ぶ声が聞こえる)
シモンの声 マクシミリアン!
(ロベスピエールは立ち上がって去る)
―幕―
ダントン おれは「自由」のためにあらゆる罪を犯してきた。偽善者どもが避けていた怖ろしい仕事を全部ひき受けたのだ。おれは一切を「革命」のために犠牲にした。しかも今にしてよくわかることは、それが無駄であったということだ。このあばずれ(革命)はおれをした。今日はおれがその犠牲になり、明日はロベスピエールがやられるだろう。この女の臥床へ入って行く者が順番にやられるのだ。―なあに!おれは何も後悔しない。おれはこの女を愛している。こいつのためなら、おれは恥辱を受けても満足だ。「自由」を抱きしめることもないような気の毒な奴らをおれは憐れむ。一たびこの神聖なと唇を合わせたからにはもう死んでもいいはずだ。生きた甲斐はあったのだから。
裁判長(陪審官たちに) ―国民の代表に対する攻撃誹謗をこととし、王政の回復を目論み、かつ政府を腐敗せしめこれを破壊せんとする陰謀が行われたことは事実である。―国民公会議員、弁護士ジョルジュ‐ジャック・ダントンはこの陰謀に加担したか。
主席陪審官 しかり。
裁判長 国民公会議員、弁護士リュシ‐サンプリス‐カミーユ・デムーランはこの陰謀に加担したか。
主席陪審官 しかり。
裁判長 国民公会議員、デグランティーヌことフィリップ‐フランソワ‐ナゼール
・ファーブルはこの陰謀に加担したか。
主席陪審官 しかり。
裁判長 国民公会議員、元判事ピエール‐ニコラス・フィリボーはこの陰謀に加担したか。
主席陪審官 しかり。
裁判長 旅団長フランソワ‐ジョゼフ・ヴェステルマンはこの陰謀に加担したか。
主席陪審官 しかり。
フーキエ‐タンヴィル 本官は法律の適用を請求する。
裁判長 では当裁判所はジョルジュ‐ジャック・ダントン、リュシ‐サンプリス‐カミーユ・デムーラン、マリー‐ジャン・エロー‐セシェル、デグランティーヌことフィリップ‐フランソワ‐ナゼール・ファーブル、ピエール‐ニコラス・フィリポー、フランソワ‐ジョゼフ・ヴェステルマン、以下六名にに死刑を宣告する。―当裁判所はこの判決を当裁判所付属拘置所の小窓より被告に伝達することを裁判所書記に命ずる。―刑の執行は本日すなわち十六日、革命広場においてとり行われる。
(群集散る。(a)屋外では、遠くの騒ぎが徐ろに消えてゆく。舞台の前面に居残ったサン‐ジェスト、ヴァディエ及びピヨー‐ヴァレンヌが黙ったまま冷やかに眼を見かわす。)
(a)ダヴィッドとその友人たち―さあ!これでよし!獣は倒れた、肉を食うとしよう。……国民公会万歳!―彼ら去る。
の老人二人―これをどう思うかね?いやいや黙っているほかないわい。―生きておると、さまざまなことを見せられるものじゃ。
(彼らは肩をすぼめ、頭をふりながら、おそるおそる出て行く。)
ヴァディエ 腐った円柱は倒れた。共和国は息を吹きかえす。
ピヨー‐ヴァレンヌ(凶暴な目つきでサン‐ジェストをじろりと見て) 執政たちがい
なくならぬかぎり、共和国は自由にならないだろう。
サン‐ジェスト(ヴァディエとピヨーとを見据えて) 奸計をこととする貧欲な人間が
いなくならぬかぎり、共和国はらかにならないだろう。
ヴァディエ(冷笑をうかべて) 共和国が無くならぬかぎり、共和国は自由にもらか
にもなるまいて。
サン‐ジェスト 「理念」は人間を必要としない。「神」が生きるために人々は死ぬのだ。
―幕―